2024年11月8〜10日に開催いたしました、第3回南三陸いのちめぐるまち学会大会の様子をご報告いたします。
海洋ジャーナリストの瀬戸内千代様に取材頂き、記事にしていただきました。ぜひご覧ください。
前夜祭
前夜祭 第1部「ネイチャーポジティブな地域のシナリオづくりWS」
午後2時から約3時間、事前に登録した36名の町内外の方々と、当大会の共催者であるS-21(後述)の研究者たちが、自然と人間の関わりについて語り合いました。人数限定で参加を逃した方もいるため、少し詳しくご報告します。
ファシリテーターを務めたのは、齊藤 修さん(公益財団法人 地球環境戦略研究機関 生物多様性と森林領域 上席研究員)です。齊藤さんが代表を務める2022~2027年度の環境省の研究プロジェクト「生物多様性と社会経済的要因の統合評価モデルの構築と社会適用に関する研究」は、プロジェクトナンバーから「S-21」とよばれています。S-21では、5つある研究テーマの中で、3つの地域(大阪市、佐渡市、南三陸町)の将来シナリオづくりを進めています。
今回のワークショップは、ネイチャーポジティブな南三陸町の将来シナリオを描くために、今ある課題を洗い出し、その対応策のアイデアを出し合うことを目的に開催されました。ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、生物多様性の保全を強化して損失を食い止めるだけでなくプラスの状態にしていこうという国際目標です。
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グループワーク前の説明で登場したのが、この5年ほど世界各地で地域のシナリオづくりに活用されている「ネイチャー・フューチャーズ・フレームワーク」です(下写真の右図)。ネイチャーポジティブの達成を目指す議論に役立つ考え方で、すでにニュージーランドでは、この枠組みを使って立案された地域政策が実現しているそうです。図の三角形は、人と自然が付き合う時に代表的な3つの価値観を表し、上から左回りに、自然は存在するだけで価値があるから人による介入は最小限に抑える=Nature for Nature(略称:NN)、里山・里海の利用など人と自然の互恵や調和を重視する=Nature as Culture(略称:NC)、人の社会のために持続的な生態系サービスの利用を最大化していく=Nature for Society(略称:NS)という価値観です。
齊藤さんは、「どちらかというと我々はNCの中で物事を考えているかもしれない。この枠組みは、それ以外の価値観を踏まえながら、より幅広い対策を引き出すためのツールです」と説明しました。実際に、この枠組みを使って北海道の厚岸町(人口約8000人、カキ養殖と牛の酪農が主産業、ラムサール条約登録の湿地あり)で将来シナリオを検討した時は、NN、NC、NSの細かな指標の組み合わせによる330通りものアクションが浮上し、それをモデルに落とし込んでシミュレーションしたところ、NNはNCに良い影響を与え、NCとNSもうまく両立できるが、NNとNSの両立は難しいという結果が出たそうです。齊藤さんは、「このネイチャー・フューチャーズ・フレームワークを使って議論を深め、S-21の中で、今回のワークショップで出た南三陸町の重要な課題や対策に応じた指標でシミュレーション結果を出して、ネイチャーポジティブに向かう対策の組み合わせを提案していきたい」と抱負を語りました。
学会事務局の太齋彰浩さん(一般社団法人 サスティナビリティセンター代表理事)は、参考資料の「志津川湾保全・活用計画(2022年)」抜粋と、成り行きの未来と人がちゃんと介入した場合の未来の比較を描いた図を説明しました。また、東日本大震災前の町の人口は1万7600人台だったが今は「1万人を切るのも時間の問題」であることや、考慮に入れるべき分岐点(町長選挙2025年、志津川湾保全・活用計画※の期限2031年、南三陸BIO※の委託期限2031年、国のネイチャーポジティブ達成期限2030年、カーボンニュートラル達成期限2050年)を紹介し、「今日に限っては、皆さん、南三陸町の将来を考えるというマインドでご参加をお願いします」と呼び掛け、グループワークが始まりました。
※南三陸町HP「志津川湾保全・活用計画」
※南三陸BIO:生ごみをバイオガスや液体肥料にして里で利用する施設
各グループ(山1、里2、海2の計5グループ)に地元の方が入り、町内外の参加者が話し合いながら、ふせんを使って、南三陸町の課題とその背後にある要因を書き出しました。そして、それらをまとめ直しながら、特に重要と考えられる課題にシールを貼りました。来場していたS‐21の研究者たちも少しずつ話の輪に加わり、シールが貼られた課題を2050年までに解決するための対策を書き出し、最後は全体に向けて、主に若手の参加者が発表しました。
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山
森林資源への無関心や認識不足、林道などインフラの不足といった課題に対して、話し合いの場づくり、広報の工夫、南三陸杉のブランド化に加えて生物多様性のクレジット化など経済価値の向上、機械化のための林道整備に先立つ現状の把握といった解決策が挙がりました。大学生の発表者は、余談として「大きな目標に向かって進めていくのは大事。『火星に森をつくろう』という夢を大人の皆さんが真面目に話し合っているのが楽しかった」と語りました。
里
震災後は飲み会や「お茶っこ飲み」の機会が減り、「無駄な会話から広がっていくいろいろなチャンスを地域内で共有する場がない」、帰属意識が薄れて若年層が帰ってこない、といった課題が挙がりました。そして、農業の継承のためにも世代間交流の場が要る!と、地域の農を守ってきたキーパーソンを中心に、居酒屋の必要性が、ひときわ熱く語られました。ネイチャーポジティブについては、「生物多様性の重要性はみんな理解していても、ふところが温まっていないと安定的な継続はできない」から、「都市の大企業などと連携して双方にインセンティブがあるモデルを一緒につくっていく」という解決策が出されました。
海
長引く黒潮大蛇行の影響で水温が急上昇している南三陸の海では、カキやホヤが死滅し、獲れる魚種も変わり、漁師さんの収入が大きく減って死活問題になっているそうです。南三陸町で漁業を営む参加者は、「今後これが続くのか元に戻るのか分からず難しい判断を迫られている」と語りました。海の課題としては、千匹単位で海から川へ戻ってきていたシロザケが数匹しか帰ってこなくなったこと、海の森が消失する「磯焼け」の進行、高齢化と担い手不足、震災や高台移転の影響から子どもが海と親しめない、などが挙がりました。解決策としては、温暖化影響の実態を見える化する、温暖化影響が比較的少ない1年もののカキの魅力を広める、北上してきた新たな魚種の市場価格の引き上げや食べ方の提案、藻場再生に取り組む企業の誘致、ウニの駆除などが挙がりました。
また、南三陸町の漁師たちはもともと半農半漁だったため、陸(おか)に戻り、「海で稼ぎながら陸で稼ぎ、魚が獲れないならイノシシを捕る」という案も出ました。国との交渉が必要な解決策もありました。例えば、「三陸ワカメの赤ちゃん(間引きワカメ)は絶品なので海上で採って食べる体験イベントを企画したいが、知床の事故から遊覧船の安全規制が一律に厳格化されつつあり、コスト増として重くのしかかる」、あるいは、「国の補助金で整備したシロザケ養殖の孵化設備を温暖化に対応してギンザケに流用したいが、目的外使用とされて認可が下りない」など。この議論を受けて斎藤さんは、「規制の有無でシミュレーションをして効果の違いを検討したい」と述べました。
共通課題
全体で繰り返し出てきた課題が、担い手不足と、気候変動の影響でした。南三陸町の場合は震災で被った影響も甚大ですが、それに加えて、昨今の温暖化や自然災害の激甚化が不安要素となっていることが浮き彫りになりました。
海側では、外部人材の受け入れ、通年雇用の仕組みづくり、漁業の魅力のPR、新規参入の難しさの解消、学校での海洋教育、さらに、「そもそも大人も子供も(海と親しむ)時間がないから、週休3日にしては」という案も出ました。陸側では、収入増のための支援と経済的な自立、地域の方々に集中的に学べる学校をつくり農業の大切さや楽しさを伝えていく、といった解決策が挙がりました。農に関する発表では、「課題もちゃんと伝えて、なんとかしていかなきゃという環境をつくることも大事」「もう大人から食育していかないと」「自分の推し農家を持つ」「兵役じゃなくて農役を」といった印象的なフレーズが次々と飛び出しました。
齊藤さん(写真右)は「予想を超えて多様な方に参加いただき非常に濃い議論ができた」と喜び、最後の講評で、「森川里海の連環や人の流れといった議論には時間が足りなかったが、そのためのヒントはたくさん出た。つなぎ目のどこが重要かを整理して、シナリオの中に落とし込んで報告ができたらと思います」と抱負を語りました。
S-21で南三陸に関わるテーマの研究リーダーを務める吉田丈人さん(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)も、「いろいろな意見が刺激になり勉強になった。参加していない町の人たちにも広がって本当に社会が動くようになればと思う。引き続きよろしくお願いします」と挨拶しました。
S-21の中で、今回のワークショップはステップ1であり、続いて、ステップ2「将来シナリオで特に有効と考えられた介入対策を具体的にモデルに落とし込んでシミュレーションして、対策の効果を見える化する」、ステップ3「その結果を地域の皆さんにフィードバックして、そこで得られた意見を踏まえて将来シナリオさらに改良し、2026~2027年度に町の政策に反映させることを目指す」と展開予定です。研究者と地域の二人三脚に、今後も注目したいです。
「立体でみる南三陸町の地図」
ワークショップの会場では、五味馨さん(国立研究開発法人 国立環境研究所福島地域協働研究拠点)が、手元の立体地図に地理データをプロジェクターで投影する「南三陸町3Dプロジェクションマッピング」を実演し、休憩時間に人だかりができていました。複数の模型をつくるにはコストがかかりますが、これは真っ白な南三陸町の立体地図一つ(高低差を少し強調し、3Dプリンタで射出成形)に、高台移転で低地の人口が減った様子など、さまざまなデータを次々と投影できます。明瞭なカラー映像なので、実際に塗り分けられた模型のようでした。研究者と参加者の間で、ほかにどのようなデータを投影したいか、意見交換が始まっていました。
前夜祭 第2部「ドリンク片手に楽しもう!多拠点・マルチワーカー×地域の視点〜地域に関わる人再発見〜」
前夜祭後半は、「自治体による移住施策も人口減少社会では限界がある、もう少し”軽やかで緩やかなつながり”が重要では」という問題意識から出発した企画。2拠点あるいは多拠点生活の中で南三陸町に暮らしているゲストが代わる代わるマイクを持ち、菅原裕輝さん(大阪大学大学院人文研究科 特任助教)と対談……というより、アルコールも入り盛り上がる会場と交流しながら、事前アンケートに沿って、自身のライフスタイルや南三陸町への想いを語りました。
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◎佐々木道彦さん(南三陸ワイナリー株式会社代表取締役)
地域おこし協力隊を経て、南三陸町でワイナリーを開業。水産加工に使われていた仮設プレハブ建築を継承し、南三陸の森川里海をつなぐその事業は、2024年度にグッドデザイン賞のグッドデザイン・ベスト100に選ばれ、地域社会デザイン・グッドフォーカス賞を受賞しました。現状の南三陸町には、まち全体としての魅力を打ち出せていない、滞在型の観光になっていない、など課題もありつつ、「分りやすいブランディングをして、南三陸と言えば〇〇というイメージを付けていけば、観光地としても上位に上がるのではないか」と期待を語りました。
◎佐藤慶治さん(一般社団法人 little FLAG代表)
2023年に南三陸町の総合型地域スポーツクラブを立ち上げた佐藤さん。ゆくゆくは、町内に複数あるクラブの窓口を一本化して、ユーザーの望む種目やレベルに合ったスポーツを提案したり、複数種目を曜日ごとに楽しめるようなシステムを構築したりしたい、と語りました。少子高齢化で全国的に学校の部活動が成立しづらくなっている今、都市の人口規模ではできないことも約1万人の南三陸町なら実現可能と捉え、「この町だからできた」という経験を子どもたちに提供しようとしています。
◎大沼ほのかさん(自然卵のクレープ 南三陸店 店主)
2019年から入谷地区の阿部博之さん(後述)に師事して農業を始め、果樹などを栽培している大沼さんは、「南三陸町は、端から端まで30分もかからず、会いたい人にすぐ会いに行ける、ちょうどいいサイズ感」と語りました。町の可能性の欄に「独立国家」と書いて会場を沸かせましたが、その心は、自給率が低い町は危ういから「地域の中で地域のものを回そう」ということ。実際、自身が育てたフルーツや地元の素材を使うクレープ屋さんを開店しています。本大会のランチタイムに登場した大沼さんのキッチンカーは大人気で長蛇の列でした。
◎阿部将己さん(海藻専門店SEASON cafe&shop オーナー)
本業は建設業ですが、「地域の中を掘り下げていくと面白いものが出てきて楽しい」ということで、今は、南三陸町の海藻「マツモ」の陸上養殖に着手し、海藻をテーマとしたカフェも開店しました。行き詰まっても別のことで息抜きができるマルチワークは性に合っていると阿部さん。「この町は異能異才のタレントが多いから、自分もとんがったことをと思い、海藻ビジネスを始めた」と語りました。最初のきっかけは、Uターン移住して気付いた母親の手料理に占める海藻の多さで、そこからいろいろ調べて、海藻の素晴らしさにのめり込んだそうです。
◎鈴木陽子さん(一般社団法人 サバーソニック&アジロックフェスティバル 三陸支部長)
トヨタ系列の会社員でもある鈴木陽子さんは、故郷の静岡でも「藻場要る(もばいる)」など海の環境保全活動に参加しています。2年ほど前に仕事で東北に移住し、阿部博之さん(またご登場!)の家で開かれた飲み会に招かれ、「仕事以外でも居場所ができたのがすごく嬉しくて」南三陸町に魅了されたそうです。鈴木さんの場合は、町内で走らせるオンデマンドバスの視察という仕事で町の素敵なところをたくさん知ったのが最初のきっかけでしたが、「防災、環境、一次産業など入り口はどこであっても、そこからどんどん南三陸町を知って深みにハマっていく、そういう交流の仕方もあるのかなと思います」と語りました。
◎阿部博之さん(農家:繁殖和牛、水稲、果樹など)
ここまで何度も地域の若手衆から名前が挙がっていた阿部博之さんは、町でも数少ない「百姓(多彩な生業をもつ農家さん)」です。震災後の変化を問われ、出会いも増えて「いいことだらけ」と答えて会場を盛り上げましたが、その背景にあるのは「いつも振り子を意識している」という人生哲学でした。振り子は必ず、振り切ったら反対側に戻る、これから人口減少で町のさまざまな業界が苦しくなっても、みんなが楽しいことにチャレンジできてもっと仲間が増えていけば、たぶん南三陸町は他の町にまねできないような良い町になる、だから諦めず「南三陸町のいいところを一生懸命探して次の世代に伝えることが、老いが始まった私の使命かなと思います」という語りに拍手が湧きました。
前出のワイナリーの佐々木さんのブドウ畑も阿部博之さんの所で始まったということで、司会の太齋さんは、博之さんを「南三陸のHub(ハブ:車輪の中心部)」と紹介しました。そして、もう一人、南三陸のHubとして紹介されたのが、工藤真弓さんです。
◎工藤真弓さん(上山八幡宮 神主)
工藤さんの事前アンケートの回答はポエムのようで、その一つ一つを説明する言葉も美しく、会場に穏やかな温かい時間が流れました。「かもめの虹色会議」代表として、まちづくりに関わってきた工藤さんは、震災後に「いのちめぐるまち」という方向性が一致した時に新しい物語が始まって、13年目の今は「まだ始まりのあたり」だから、わくわく、どきどきしているそうです。そして、南三陸町では水の流れのように「めぐる手本」としての自然が目の前に広がっていて、それを大事にした仕事や生き方があって、都会に行くと見失う手本を帰るたびに取り戻せるという安心感を語りました。最後に工藤さんが言い添えた「明日どうなるか分からないということを震災で私たちは痛いほど経験しているので、今日が人生の全てだったら何をするかを毎朝考えます」「みんな尊く感じられて、惜しみなく、いろいろなことを伝えたり聞いたりできると思うから」というお話は、南三陸町を訪れた人が感じる心地よさの核心に触れているようで、とても心に残りました。
なお、前夜祭第2部参加者の89名のうち「初めて南三陸町に来た人は?」の呼び掛けに10人ほどが挙手しました。意外な多さに会場がどよめく中、しみじみ「やって良かった……」とつぶやく学会長でした。
その後、南三陸町イチオシの異能異才の紹介、「鮭的人材育成」の話(大海を4年くらい泳いで町に戻ってくる)、佐藤太一さん(学会長)と佐藤久一郎さん(株式会社佐久 代表取締役)の公開親子対話など、自由なトークが続きました。
教育のために家族の一部が仙台市に移住して南三陸町と行き来するような生活は何代も前から続いていて、そこに、繰り返し襲来する三陸の震災の記憶も重なってきます。佐藤家に限らず、「この辺りでは2拠点が当たり前」というオチに、防災や移住など、南三陸町にはいろいろなヒントが詰まっていることを再認識しつつ、楽しく夜が更けていきました。
大会当日
◆対談:本音で語るネイチャーポジティブ(科学者×企業×地域)
開会宣言と大会説明に続き、科学者として近藤倫生さん(東北大学・WPI-変動海洋エコシステム高等研究所教授)、企業人として長澤香さん(日本郵船株式会社ESG経営グループ サステナビリティイニシアティブチーム チーム長)、地域人として南三陸町で林業を営む佐藤太一さん(学会長、理学博士、株式会社佐久専務取締役、一般社団法人 南三陸町観光協会 会長)が登壇しました。進行は事務局の太齋さんです。
対談タイトルにある「ネイチャーポジティブ」は、「今どんどん悪化している自然の状況を2030年までに回復基調に乗せよう」という国際目標ですが、達成は簡単ではありません。自然を良くするためには、現状を知って、目指す姿を皆で考えて、実際にアクションを起こす必要があり、その時にはお金も必要で、「科学者だけでも、ビジネスだけでも、行政だけでもできない」からです。そこで近藤さんたちが2024年4月に立ち上げたのが、「ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点」です。そして、南三陸町はその研究プロジェクトの中で重要なフィールドだと言います。「南三陸町でできなければどこでできるんだろう、というぐらい大事な場所なので、ぜひご協力いただけたら」と近藤さんが呼び掛けて、会場を引き込む形で対談がスタートしました。
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まず、「私にとってのネイチャーポジティブ」というお題で、それぞれが語りました。近藤さんは、ネイチャーポジティブとは、「自然という複雑系と、人間の社会経済システムという複雑系を、どうつなぐか」という問題であり、社会レベルでは自然復元にお金が流れる金融の仕組みを作ることが重要、個人レベルでは、自分の住む地域の自然をどうすればハッピーになれるかを皆が一緒に考えて決めることが重要、と語りました。
長澤さんが所属する日本郵船は、新規事業創出のために社内アカデミーを立ち上げ、そこでの学びに着想を得て、静岡県御殿場市で森林再生プロジェクトを進めています。また、科学者たちの環境DNA調査プロジェクト(リーダーは近藤さん)にも協力して、自社船を使った外洋でのサンプリングを続けています。長澤さんは海外育ちのため、今回の対談に、企業の視点に加えて、日本社会を外から見る視点ももたらしてくれました。そして、家庭で受け入れ中の19歳のフィンランド人留学生との会話から、フィンランドに自然保護がいかに深く根付いているか、ネイチャーポジティブを目指す意識がいかに当たり前かを実感した、と語りました。
環境負荷を軽減した素材や生物多様性に寄与する素材を意識して選ぶことで、ネイチャーポジティブな効果が生まれます。佐藤太一さんは、「そういうモノがあふれていて、最終的には何も考えないでもネイチャーポジティブが成り立って、当たり前に良い状態が保たれている世界を目指したい」と語りました。
なお、日本政府は、国際的な生物多様性保全目標に沿って、「30 by 30」(2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する目標)を掲げています。その割合に、保護区に加えてカウントされるのが「OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)」です。環境省では、国内のOECMを把握するため、人が介入して自然が良い状態で保たれている区域を「自然共生サイト」と定義して、全国で認定を急いでいます。そして、南三陸森林管理協議会が管理するFSC認証山林は、佐藤太一さんの尽力もあって、ほぼ全て(2,481haのうち2,471ha)が、すでに自然共生サイトに認定されています。
続いて、「何が実現したらネイチャーポジティブが進むか」という問いには、地域のための森づくりを模索中の長澤さんが、「ベストな形を描くのは、すごく難しい」と苦悩を語りました。今は、地元自治体、林業家、環境関係の有識者などと知見を持ち寄り、議論しながら皆で目標を描く作業をしているそうです。
佐藤太一さんは、家業の林業を「社会と自然のタッチポイント」と捉えており、自然の現状を「責任をもって把握しよう」とFSC認証の取得を進めてきました。木材のトレーサビリティ(追跡可能性)を第三者による審査を経て証明してきたわけです。林業のFSCは、漁業のMSCや養殖業のASCと同様に、しっかり現場を把握して責任ある流通を実現するための認証制度です。
この話を受けて近藤さんが、「南三陸町の皆さんは、生態系サービスの羊飼い」いう印象的なフレーズを放ちました。羊飼いの役割は、自分がタッチしている自然を管理すること。FSC、MSC、ASCに共通して含まれるSは、Stewardship(スチュワードシップ:管理責任)の頭文字です。近藤さんは、スチュワードシップをイメージしつつ、「ここがダメになった時に一番困る人が羊飼いをやるべき」と強調しました。
やがて、会場を交えた対話となりました。「明日は食えないかも」という瀬戸際に立たされている1次産業の現場から、「議論も大事だが、100年も待っていられない。研究者には、そこのところを考えてほしい」という強い口調の意見が出て、まさにタイトル通り、「本音で語る」状況になりました。
「100年後のことも、明日どうするも、地続き。同時に、みんなで考えながら進めていく必要がある」(佐藤太一さん)
「科学者も立派じゃない。変わりゆく自然の ”予測できなさ” をなくしていくために悪戦苦闘している。学者にできることは、データを集めて予測を改善することと、ブレる自然に対峙する1次産業の方々を支えるための金融施策などを実現すること。1次産業はタッチポイントだから、いなくなったら困る」(近藤さん)
「企業も博打のようなもので、油濁事故を起こして明日会社がなくなるかもしれない。先を予測して、複数のプランを用意して、今できることをやっている。そういう意味では1次産業の皆さんと変わらない」(長澤さん)
登壇者たちは、総じて、「大切な質問です。相互理解と、それぞれができることを一緒に考えることが大事ですね」と、感謝を表しました。会場からは他にも、「(自然が)分からないのに手を差し伸べるのは余計な行為」「広げるより地域の中でしっかりやれば良い。“身の丈” が重要」など、深く刺さるコメントが続き、たった50分でしたが、大会の肝となる対談でした。
コーヒータイム
大会会場では、今年も「就労支援事業所かなみのもり」さんが温かいコーヒーをサーブしてくださいました。使い捨てコップ削減のため、持参したマイボトルに注いでもらう人、その場で特製タンブラーを購入する人もいました。
◆講演:発掘調査成果からみた南三陸町の昔のくらし~新井田館跡と大久保貝塚の発掘調査を中心として~
南三陸町には、88カ所の遺跡があります。遺跡は国民共有の財産であるため、開発に伴う発掘の際には調査を実施することが法律で定められています。また、調査後に壊してしまう場合には、報告を本にまとめて残すことが必要です。
復興工事や高台移転が続いた南三陸町では、東日本大震災後だけで37遺跡、63件の発掘調査が行われています。そこで出土した埋蔵文化財などについて、調査に携わった生田和宏さん(宮城県教育庁文化財課 保存活用班 技術主幹、班長)が、写真を示しながら解説しました※。
※権利の都合で写真を転載できないため、文化財はYouTube「みやぎ文化財チャンネル」でご覧ください。
動画例)大久保貝塚の出土品
生田さんは、南三陸町の代表的な発掘現場として、室町時代の山城「新井田館(にいだたて)」跡と大久保貝塚の調査結果を紹介しました。
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新井田館の城主は、今で言う大字(おおあざ)ぐらいの範囲を治めた領主で、城は、山の頂上を平らにしてつくられていたそうです。質疑応答で、山に埋もれていたはずの約600年前の城をどうやって見つけたのか、と聞かれ、生田さんは、城の場所などは仙台藩の古い書物にヒントがあると答えました。遺跡や史跡は、文化財専門の人がパトロールして拾った物から見つかることも多いそうです。また、地域の人などが拾って教育委員会に届けたものが登録されていて、それも手がかりになるそうです。
城には水のない空堀(からぼり)があり、堀底道を挟むように二重に土塁が見つかりました。当初は防御を重視した城でしたが、改築ごとに用途が変わっていったことが今回の調査で分かったと言います。平場7カ所、堀8条、土塁11条が発見された現場の規模の大きさが、航空写真からうかがえました。
次に紹介された大久保貝塚は、堤防工事で壊されてしまいましたが、ほとんどの土を持ち帰って詳細に調べ、それをまとめた本が、2024年12月に刊行されるそうです(図書館やウェブで公開予定)。290平方メートルというドラッグストア程度の狭さながら、発掘から調査記録の本の刊行まで6年かかったということで、その労力は計り知れません。
この貝塚は、山城よりさらに時をさかのぼって、縄文時代の後期・晩期の先祖たちの暮らしの痕跡です。生田さんは、縄文人たちが、破損した土器のかけらに穴を開けてひもを通して固定するなど、補修しながら丁寧に道具を使っていたことを紹介しました。かえしの付いた銛頭(もりがしら=銛の先端)など漁労の道具や、土製の仮面など祈りの道具、イノシシの牙を加工したペンダントなど、次々と映し出される出土品から、約3,500~3,200年前の生活が見えてくるようでした。木製品は風化して残らないけれど、遺跡にある植物の花粉などの分析から、当時の植生や環境を推測することもできるそうです。
大久保貝塚からは、新潟あたりで産出するアスファルトが接着剤として使われた痕のある矢尻や、南三陸にはいない南方のオオツタノハガイの貝殻で作った腕輪などが見つかっており、生田さんは「交易で入ってきたものなのでは」と語りました。今回の大会テーマに「おどる交流軸」とありますが、実は「交流は縄文時代から続いていた」(太齋さん)というわけです。
地域の皆さんがまだ仮設住宅で苦労されている頃、「こんな時に!」とクレームを付けられつつも黙々と続けられてきた地道な発掘作業。「皆さんの暮らしに活用できる一つのツールとして、成果を社会に還元していく」という生田さんの言葉に、その意義が集約されていました。
ランチタイム
初めてアリーナという大舞台で開催された今回は、アリーナ前の広場にハンバーガー、ラーメン、どんぶり、おむすび、飲み物、クレープなどを提供する5台のキッチンカーが並びました。
◆ポスターセッション
今年のポスターセッションは、1分ずつ自身の発表をPRする「ライトニング・トーク」の後、会場を移動して始まりました。昨年の倍近い3時間(2交代制)が確保され、全体討論での即時アンケートでは、非常に多くの人が「最も印象に残ったプログラム」に選びました。計41枚ものポスターが出展しましたが、ここでは、児童・生徒さんたちの発表について報告します。
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ポスタータイトル | 発表者 |
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南三陸FSC®︎認証林が自然共生サイトに認定されました! | 渡邉陽子・佐藤太一(株式会社佐久・南三陸森林管理協議会) |
森林管理はスギ人工林の下層植生を豊かにする | 坂本竜哉(東京大学4年),山田祐亮(森林総合研究所) |
入谷地区の水田農業の持続可能性 | 新田直人(一般社団法人持続可能な地域社会総合研究所) |
地域と畑を守るサイバー農家たち -くまもと農家ハンターの事例に学ぶ、地域におけるデジタル技術活用- | 崎村奏子(国際社会経済研究所/IISE) |
藻場再生のためのアプリ「藻場要る」 | 鈴木陽子・小沼嘉乃(一般社団法人サバーソニック&アジロックフェスティバル) |
海藻マツモの陸上養殖および海藻テーマパーク構想について | 阿部将己(SEASON) |
地域における森里海連環の統合的評価の必要性と課題 -宮城県南三陸町の事例に- | 重藤さわ子(事業構想大学院大学),高橋康夫(公益財団法人地球環境戦略研究機構),星空之介・太齋彰浩(サスティナビリティセンター) |
南三陸町の主要4河川(伊里前川・八幡川・水尻川・水戸辺川)における 環境DNA法を用いた魚類相調査 | 鈴木将太・阿部拓三(南三陸ネイチャーセンター) |
おらほの輝く環境だより | 南三陸少年少女自然調査隊 |
ウニガラマジックで、南三陸町を〇〇してやるのさ! | 伊藤芽衣・佐藤美緒・佐藤結奈・山内咲来菜・伊藤創大・山内海音 (宮城県南三陸高等学校商業部) |
人為的な海域環境の変化を想定したカキ飼育実験 | 齋藤輝・大澤理人・畠山勇二(東北大学大学院工学研究科) 後藤清広(宮城県漁協志津川支所),坂巻隆史(東北大学大学院工学研究科) |
水産養殖認証制度の価値分析 | 関口桃野(新潟大学大学院)、豊田光世(新潟大学環境社会システム研究室) |
南三陸町の過去の強みを再勃興し、若者が故郷の強みをさらに盛り上げるのは | 浅野琥二郎(東北学院大学) |
ミニレクチャー:生き物の繋がりとヒト、そしてデータ | 笠田実(北海道大学) |
空間構成と暮らしに震災が与えた影響に関する研究 | 若林陸(京都大学大学院 小林・落合研究室) |
人と自然の関係についての人々の選好と行動変容の可能性: Nature Futures Frameworkを用いた全国アンケート調査結果 | 齊藤修・神山千穂・高橋康夫・譚瀟洋・重松智穂美(地球環境戦略研究機関) |
いのちを育み、守り、未来へ繋ぐ「ひとともに」 | 伊藤俊(一般社団法人南三陸ひと tomoni) |
☆南三陸町で活動する地域おこし協力隊紹介☆ | 上野英律(南三陸町移住・定住支援センター) |
サスティナブルなワイン造り | 佐々木道彦(南三陸ワイナリー株式会社) |
新種化石発見 南三陸 | 高橋直哉(南三陸を化石で盛り上げる会 Hookes) 菊池優(一般社団法人南三陸町観光協会) |
海を耕すリーフボール藻礁 | 田山久倫(一般社団法人マリンハビタット壱岐) |
南三陸森林管理協議会&WWF ジャパンの連携活動始動 日本の FSC®認証林推進~持続可能な森林づくりにむけて~ | 天野 陽介(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン) 佐藤 太一(株式会社佐久、南三陸森林管理協議会) |
身近な植物から生み出す自然アクセスからエコロジー経済学の研究と実践 -多摩どんぐりの会活動報告から | 本橋篤(多摩どんぐりの会)、野際稜太・宮﨑希如子・藤本穣彦(明治大学) |
南三陸 BIO 開所から 10 年!! | 岡田修寛(アミタサーキュラー株式会社) |
南三陸町における地域有機資源の活用と地域経済及び環境への総合影響評価 | 劉晨(地球環境戦略研究機関) |
森里川海の連環の可視化とその価値化を目指して ver0.2 | 高橋康夫(公益財団法人地球環境戦略研究機関), 吉田崇紘(東京大学 空間情報科学研究センター(兼)地域未来社会連携研究機構),重藤さわ子(事業構想大学院大学) |
南三陸町 3D 地図プロジェクションマッピングシステムの開発 | 五味馨(国立環境研究所福島地域協働研究拠点), 高橋康夫(地球環境戦略研究機関),吉田崇紘(東京大学空間情報科学研究センター) |
南三陸町の脱炭素転換と地域発展 | 歌川学(産業技術総合研究所) |
志津川湾松原海岸における干潟環境の改善と生物相変化 | 千葉倫佳・熊谷真司・佐々木琉偉・西城美咲・西城百華・佐藤碧・佐藤蒼來・ 菅原佑太・佐藤快・森優希・山内颯介(宮城県南三陸高等学校自然科学部) |
宮城県志津川湾で確認された暖水性生物による養殖ワカメの食害 | 阿部拓三・鈴木将太(南三陸ネイチャーセンター), 庄子真樹(宮城大),手塚尚明・奥村裕(水産機構) |
仙台三高 南三陸フィールドワーク~折立海岸における干潟の生き物調査の報告~ | 河野凉典・伊藤澪夏・原田絵里花(仙台三高理数科 2 年) |
温湯処理が養殖カキ生産量増加・品質向上・海域環境保全に貢献 ~養殖場スケールでの実証実験とカキ・イガイ種間比較による考察~ | 畠山勇二 1、齋藤輝 1、後藤清広 2、坂巻隆史 1 (1:東北大学工学研究科、2:宮城県漁協志津川支所戸倉出張所) |
エコロジー経済学と自然アクセス-西粟倉村と南三陸町の事例から考える- | エコロジー経済学と自然アクセス-西粟倉村と南三陸町の事例から考える- |
ご意見歓迎!社会や産業と生態系とのつながり図のドラフト作成 | 山北剛久(JAMSTEC)ほか |
ライフスタイルの将来シナリオと介入策 | 渡部厚志・劉晨・粟生木千佳・山辺アリス・山ノ下麻木乃(IGES) |
伝統構法による自力再建:南三陸木の家互助会を例として | 王靜瑩(ワンジンイン)(香港中文大学),落合知帆(京都大学) |
養殖業における経済・環境モデルの統合 | 小丸真志(京都大学),京井尋佑(山形大学), 森宏一郎(滋賀大学), 松下京平(滋賀大学) |
フィールドミュージアム事業報告 | 平井和也(海の自然史研究所) |
水めぐる町の表象たち:写真による価値表出法の探求 | 流域環境デザインスタジオ(東京大学) |
戸倉 Sea Boys の活動 | 後藤新太郎 (戸倉 Sea Boys) |
進化していく「めぐりん米」 | 有限会社 山藤運輸 |
脱サラ漁師が牡蠣の商品開発に挑戦 | 阿部和也(FISHERMAN’S KITCHEN) |
◎A9「おらほの輝く環境だより」南三陸少年少女自然調査隊
小学4年生から中学3年生までの18人が所属するエコクラブ「南三陸少年少女自然調査隊」は、2023年に、おらほの(私たちの)海で体験した調査や活動を壁新聞にまとめました。これは、2023年度全国エコ活コンクール壁新聞部門「タカラトミー賞」受賞作品です※。壁新聞の中央には、志津川湾のラムサール条約登録に合わせて発足した同調査隊が、登録5周年を祝う南三陸町主催の記念シンポジウムで発表した様子が書かれていました。今回のポスターセッション会場でも、可愛い隊員たちが次々と上手に発表しました。その中で、「ラムサール条約は、私たちの暮らしを豊かにする湿地を守るために決められた世界でも有名な条約です。そんなすごい条約に登録されてから5年も経ちました。そして、今でも私たちは活動を続けています。これからも美しい南三陸の自然と関わっていきたいと思います」と立派に宣言しました。
※公益財団法人 日本環境協会(こどもエコクラブ)2023年度「全国エコ活コンクール 」受賞クラブ
◎A10「ウニガラマジックで、南三陸町を〇〇にしてやるのさ!」宮城県南三陸高等学校商業部 伊藤芽衣さん、佐藤美緒さん、佐藤結奈さん、山内咲来菜さん、伊東創大さん、山内海音さん
商業を研究する部活動をしてきたメンバーが「大好きな南三陸町の海のために、どうにか商業の力を使ってできることはないか」と研究したのが、磯焼け対策でした。藻を食べ尽くしてしまうウニの利用を増やす一案として、ポスターでは、ウニ殻の活用策を紹介していました。「ウニ殻のランプは大量生産できるような商品ではないから」、いろいろな温度でウニ殻を焼成する実験をして、約1,300℃のガスバーナーの炎で10~15分ほど白くなるまで熱して数日放置すると、自然に崩壊してさらさらの微粉末になることを確認しました。町内だけで年間54トンも水産加工会社などから廃棄されているウニ殻に経済価値を付けたい、ということで、炭酸カルシウムの原料にしてホワイトニング効果のある歯磨き粉に使えないか、というアイデアです。詳しく教えてくれた伊藤芽衣さんは2年生なので卒業まで時間があり、商品化について、「(これまでに取り組んだ)2カ月でこのスピードなら、いけそうな気がします」と頼もしいコメントをくれました。
◎B8「志津川湾松原海岸における干潟環境の改善と生物相変化」宮城県南三陸高等学校自然科学部 千葉倫佳さん、熊谷真司さん、佐々木琉偉さん、西城美咲さん、西城百華さん、佐藤碧さん、佐藤蒼來さん、菅原佑太さん、佐藤快さん、森優希さん、山内颯介さん
南三陸高校の自然科学部は、松原海岸の干潟の生物調査を2017年度から代々続けており、過去8年間のデータを発表していました。「(部員が)いっぱい入ってきてくれる」と聞き、立地と人材に恵まれた部活動のポテンシャルを感じました。その干潟調査は、みちのくベントス研究所所長の鈴木孝男さんが科学者や市民と継続してきたのと同じ手法で、学術データの蓄積に貢献しています。「驚きの発見は?」と聞くと、3年生の千葉倫佳さんは、最北端が茨城県だったマゴコロガイ(アナジャコに寄生する二枚貝)が見つかって、今、実は論文を書いている、と教えてくれました。同部は2023年にも先生方の指導のもと過去7年間の調査結果を科学論文にして発表しています※。なお、南三陸町の干潟の生物調査については、同部や南三陸ネイチャーセンターと共に折立海岸を調査した仙台第三高等学校理数科の2年生3人も出展していました(ポスターB10)。
※『みちのくベントス 第8号』2024年3月、みちのくベントス研究所
◆全体討論
ポスターセッションが終わり、大会全体の振り返りの時間となりました。全員がマイクを持つことはかなわない人数なので、前半は、司会の太齋さんの質問に沿って参加者がスマホから投稿して、その言葉を舞台上のスクリーンでリアルタイムで共有しながら進行しました。
全体を通して印象的だったキーワードには、タッチポイント、ネイチャーポジティブ、羊飼いなどが挙がりました。聞いてみたいことには、「ワカメの面白みは?」「かわいい干潟の生き物は?」などが挙がり、そのテーマで語れる南三陸町の関係者が次々と発言しました。
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「南三陸なりのネイチャーポジティブとは?」という問いには、林業家の佐藤太一さん(学会長)が、「山里海の1次産業、生業(なりわい)を通したところでネイチャーポジティブが実現していくのが南三陸らしさでは」と答えました。
戸倉地区の漁師の阿部和也さんが、「これまで海側から商品を紹介することが多かったけれど、やっぱり ”山あっての海” という、もう一歩踏み込んだ背景まで自分が納得してお客さんに紹介できると、南三陸町なりの良さがプラスされるんじゃないかなと勉強になった1日でした」と語ると、入谷地区の農家の阿部博之さんは、「地元で農業に関わっている人はごくわずかで、この大会にも、農の大産地の入谷から俺だけなのが残念。山・里・海それぞれに老若男女の輝く人たちがもっともっと増えていくのが、いわゆるポジティブにつながるのでは」と語りました。
司会の太齋さんが、「感想でもいいから」と南三陸高校を指名すると、急にも関わらず、ある高校生が次のようにコメントしました。「南三陸の自然って今どうなっているんだろうって1個知るところから自分が変わって、じゃあネイチャーポジティブのために自分が何かやらなきゃいけないよねって思う……それは、ネイチャーポジティブを知らないとできないことだから、そういう意味で、私たち高校生がこういう場でネイチャーポジティブについて知れたり、それについて議論する大人たちを目の前にして見れるのは、本当に貴重なことだし、そこから1歩が始まる。こういう若者は、場によってどんどん増えていくと思うので、こういう場づくりもネイチャーポジティブだなって、すごい思いました。ありがとうございます」。会場は大きな拍手と、うなるような賛辞に包まれました。
続いて指名された大学生も、「私は化学を専攻していて、普段ずっと研究室で実験をしているので、こうやって科学者と地域の方々がつながっている状況が、すごく新鮮でした。お互いに議論して、一方的というよりは、1つのものを目指してみんなで作っていくという、こういう科学の在り方が、私の中ではネイチャーポジティブ……、皆さんには珍しいことじゃないのかもしれないですが、外から見たら、もう本当にそこだけで、ポジティブな活動だなと思います」と語りました。
近藤倫生さんは、若者たちのコメントに答えて、「科学者は非常に面白い仕事ですが、論文を書いても、あまり感謝も感想も言ってもらえないので、空虚とまでは言わないけれど寂しい気持ちになることがあります。だけど、こういう場所でお話をすると、面白かったとか、これできそうかもしれないとか、若い方が希望に満ちたことを話してくれるでしょ。それは実は、科学者をすごく助けているんですよ」と語りました。
社会科学分野の生田和宏さんも、「南三陸町のフィールドでこれだけ老若男女いろいろな方々が活動に携わっていて成果も出していらっしゃるというのは本当に衝撃でした。人文系の学会で人が減って課題になっている中で、年々参加者数が増えているのを見ると、皆さんが的を得たテーマを設定しているのだろうと思いますし、会を重ねるに従って皆様方の興味がどんどん出てきて引きつけられてきている。それが、この学会に現れているのではないかと思い、かなり衝撃を受けました」と述べました。
司会の太齋さんが、若者たちの素晴らしいコメントに「なんかもう、胸がいっぱいですね」と語り、長崎県壱岐市や新潟県佐渡市から参加した方々が発展的なコメントをして、学会長の佐藤太一さんが「南三陸のネイチャーポジティブは、こうやって町内外の人が集いながらつくっていくものなんだなと思いました。また来年やりたいと思いますので、よろしくお願いします」と次へつなげて、いよいよ2024大会も終盤へ。
締めは、恒例の、中静透さん(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 所長)による総評です。中静さんは、「一言で言うと素晴らしい」と述べ、その理由として、参加人数、多様なポスター、中学生の参加、文理にまたがる専門家による先端研究の紹介、地元の実践者や中高生との情報交換、などを挙げ、「これから先も、もっともっと続けていただきたい」と激励しました。
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林野庁や環境省で仕事をされてきた中静さんは、名古屋で生物多様性条約のCOP(締約国会議)があった翌年に東日本大震災が起きたことから南三陸に関わるようになりました。「ネイチャーポジティブ」は、名古屋で決めた愛知目標が全く達成できなかった悔しさの中で新目標がつくられた2020年のCOPで出てきた言葉ですが、中静さんの感覚では「南三陸は、もうほぼネイチャーポジティブに近い状態」なのだそうです。2020年のCOP後、環境省で国家戦略を作った時に議論した、ネイチャーポジティブ達成に必要な3本柱(下記)を、南三陸町はほぼ満たしていると言います。
1.保護区だけでなく、農林水産業に利用しながら生物多様性に配慮する「自然共生サイト」を増やしていく →増やしている(対談参照)
2.絶滅危惧種の保護や外来生物の駆除だけでなく、生物多様性や生態系を利用しながら社会問題を解決する →ポスターセッションに研究例多し
3.ネイチャーポジティブの中に、経済のメカニズムを入れていく→日本郵船との協力など(対談参照)、ポスターセッションに研究例多し
中静さんは、この「3.」に関連して、企業のマインドの変化を語りました。特に大企業は、自然に配慮した商品でないと欧州に輸出できなくなるという危機感から、ここ数年で意識が非常に変わり、カーボンニュートラルだけでなくネイチャーポジティブが常識になりつつあります。その変化の原動力は製品を選ぶ我々の行動であり、持続可能な生産や生物多様性に対する配慮を考えた選択が、今後ますます重要になるというお話でした。そして、大企業だけでなく南三陸町でも、いろいろなものを輸入して生活しているので、町の中だけがネイチャーポジティブであっても意味がない。ポテトチップスやラーメンを食べることで、熱帯雨林を壊して作った油を消費しているかもしれない、という認識を強く持たなければ、と語りました。
また、環境省が新たにつくった第6次環境基本計画では、ウェルビーングが重要なキーワードとなり、「環境や持続性は人間がよりよく生きていくために必要」という意識が高まっています。中静さんは、縄文時代から続く三陸の歴史も、三陸のウェルビーングに関わる重要なことであり、「いろいろなところで生き物や生態系が関わっているということを、僕は南三陸ほど如実に語ってくれる場所もあまりないと思ってますので、住んでいらっしゃる方、ぜひ自信を持って、この方法をやっていっていただきたいと思います。研究者の方々にも、南三陸と一緒に、我々の生活をより良くすることをやっていってもらいたいと改めて思いました」とまとめました。
◆大交流会とエクスカーション
○大交流会
大交流会と銘打った打ち上げは、会場を「道の駅さんさん南三陸」の南三陸ポータルセンター周辺に移して、地域で初開催された「しづがわ夜市※」に合流する形で開催されました。
道の駅さんさん南三陸「しづがわ夜市」初開催!
立ち並ぶブースには、前夜祭第2部に登壇した「自然卵のクレープ 南三陸店」や「南三陸ワイナリー」も出店していました。肌寒い11月の屋外会場でしたが、室内やドーム状の温かい休憩所も、木炭の火種で温まることができる浜焼き(BBQ)スペースもあり、さんさん商店街でも数店舗が特別に夜間営業をしてくれていて安心でした。
学会長がDJ ISLAND(アイランド)に変身すると、ノリノリで踊り出す人々の影が揺れて、夜空の下、まさに大会テーマ「おどる交流軸・はねる時間軸」にぴったりの情景が現れました。
○エクスカーション
今年の大会も「里海里山ウィークス」期間中に開催されたため、翌日(日曜日)にも、お楽しみが用意されていました。「学会長と行く!パワースポット荒島探検(佐久)」「漁船に乗って行こう! 海中熟成ワイン体験イベント(南三陸ワイナリー)」「杉枝を利活用 スプーン・フォークつくり体験(南三陸YES工房)」「循環型の取組みの核となる南三陸BIO見学(アミタサーキュラー)」「SEED TO TABLE~ワカメの種苗から料理までを解剖~メメメ(SEASON cafe&shop)」「いりやど里山サウナ体験(南三陸まなびの里 いりやど)」など各種イベントに参加者が足を運び、地域内外の交流が続きました※。
※里海里山WEEKs2024「イベント情報」
(文責:海洋ジャーナリスト・瀬戸内千代)